ホーム > コラム, 矢野絢也 > 矢野絢也の素顔  38  熊の出るような山林を買わされた人々

矢野絢也の素顔  38  熊の出るような山林を買わされた人々

2009年5月3日

 調べてみると、矢野絢也ファミリーによる原野商法「詐欺」事件は、72(昭和47)年から74(昭和49)年にかけて集中的に行われている。72年当時、矢野のダミー会社であった善興(大阪市)はまだ設立されていなかったから、七和商事(旭川市)やその関連会社が売買の目的で使われた(いずれの会社もすでに解散)。
 被害者となった人々の多くが北海道各地の住民で、なかに関西居住の人々の名が頻発するのは、いずれも矢野関係の勧誘と思われる。矢野ファミリーの暗躍によって使われた「原野」で明らかになっているのは、函館市の中心部から車で1時間ほどの距離の「字駒ケ岳」と、さらに僻地に位置する「字三岱(さんたい)」の2カ所である。
 いずれも公図上は整然と区画整理されているように見えるが、現場はただの「山林」だ。そこを訪れた被害者はどこが自分の買わされた土地かわからず途方にくれるという。だが、売った側は、現地を見て決めたいと述べた被害者らに対し、故意に違う場所を案内して見せるなどして、安心させた。「詐欺行為」の何よりの証明であろう。
 矢野の実母らは被害者に対し、「矢野書記長の親戚もどんどん買っている」などのセールス・トークを用いて営業を進めていたと指摘されている。だが、調べてみた限りでは、親族が購入した痕跡は見当たらなかった。その上で、この「詐欺商法」を推進した中心者である矢野のいとこや当時の公設秘書が、個人的に上記の2カ所の土地を購入していないと見られる事実は重要なカギを握る。さらに矢野絢也本人が上記の土地を買っていない事実も、この商法が相手を騙す目的以外になかったとされる一つの証左となろう。
 拝金主義の矢野絢也のこと、その「原野」で将来新幹線が通り、本当に値上がりすると思っていたのなら、自分でもその土地を買っていたはずだ。だが、そうした形跡は見られず、逆にヒグマが頻出するような危険地帯を地元の不動産屋などを使って支援者らに売りさばいていた。
 矢野ファミリーと七和関係企業による「詐欺事件」が本格化したのは、73(昭和48)年の冒頭のことである。この年の夏、矢野は東大阪市に3階建ての「豪邸」(=築6年)をキャッシュで購入した。その「原資」に、この詐欺事件で“還流”された資金が、一部あるいはかなり混じっていた可能性は否定できない。
 政治権力をもつ者が、金に目がくらみ悪いことをする事例はあとを絶たないが、その直接被害者が自らの支援者であるというケースはまれである。こと金儲けに限っては、矢野絢也に良心の呵責はほとんど見られない。

広告
カテゴリー:コラム, 矢野絢也
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。