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矢野絢也の素顔  31  戸田会長さえ裏切った男

2009年4月15日

2009/04/15(Wed)
 政治家の領袖クラスが自身の半生を記録するためにまとめる出版物に「全人像シリーズ」というものがある。通例、大手新聞社のベテラン記者などが執筆者となり、政治家の生い立ちから政界でのエピソードまでを客観的なタッチで一冊にまとめ上げる。このシリーズに名を連ねると、一定の影響力をもつ政治家として「認知」された格好になるようだ。題材となる政治家は、自民党出身者が多い。野党の政治家もまったくいないわけではない。公明党で過去にこのシリーズに取り上げられたのは、矢野絢也ひとりである。元委員長の竹入義勝をさしおいて、読売新聞記者の筆で『矢野絢也・全人像』が出版されたのは1981(昭和56)年のことである。
 この時期は、矢野の書記長としての時期をまだ4年残し、さらに委員長時代の2年半はまったくカバーされていない。その意味では、中途半端な時期に世に出された書物といえよう。当然ながら、同人が不明朗な金銭スキャンダル事件でマスコミによって総攻撃されて委員長職を引責辞任せざるをえなくなった客観的実情や、近年明らかになった身近な従兄弟(いとこ)を使って過去に実行した支持者への詐欺事件(原野商法)などの事実は一切触れられていない。その意味では、相対的にいえば、“提灯本”に近い内容といえよう。
 生い立ちの部分では、矢野が京都大学の学生時代に、大阪の花園旅館で戸田会長と出会い、信仰の確信を深めていく話なども登場する。その後、大学を1年留年してなんとか大林組に就職し、さらに大阪府議会議員、代議士、書記長とステップアップしていくなかで、それらは信仰の「原点」となった話として位置づけられているように見える。
 その戸田会長の信念は、「創価学会の組織は戸田の命よりも大切」というもので、教団の社会的使命をだれよりも知悉し、当時から率直に世に訴えていた。その教えの一端を受けた矢野絢也は、多くの支援者をさんざん「支援の道具」として“活用”した後、身勝手に裏切り、さらに教団相手に訴訟まで起こす事態となった。戸田会長の言に従えば、完全な「裏切り者」であり、恩を知らない人間にまともな人生を送るものなどいないということになろう。
 『矢野絢也・全人像』に描かれた経歴から見るに、現在の矢野は、自分の人生を自ら「全否定」しているにすぎない。こんな愚かな人生も珍しい。自身の人生はすべて間違っていたといっているわけだから、どちらの立場をとるにせよ、その主体的責任はすべて自分自身にある。要するに、自分のマヌケさを世に宣揚しているだけだからだ。すべてを環境のせいにする、小児病的傾向を示している。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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