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3つのデマ事件にかかわった「恥ずべき」ジャーナリスト

2009年4月5日

 1990年代半ば、創価学会に関する「3大デマ事件」とよばれる“大誤報”が発生したことがある。そのうち2件は当時の「週刊新潮」が関与したものであり、もう1件は週刊誌メディアの多くが踊らされた事件だった。年代順に記すと以下のようになる。
 1994年  交通事故で被害者となった学会員を加害者としてキャンペーンした記事(週刊新潮)
 1995年  東村山女性市議の転落死事件を教団による謀殺として報じた記事(各誌)
 1996年  北海道の詐欺師夫婦の虚言を裏づけも取らず垂れ流し続けた記事(週刊新潮)
 いずれも裁判において、すでに明確に白黒の決着のついている事件ばかりである。これらの「デマ事件」のすべてに関わってきた珍しいフリージャーナリストがいる。名前を乙骨某という。
 乙骨は94年の事件では直接記事作成に関わったわけではなかったが、このデマ記事を国会議員に売り込むなどするために、“希代のペテン師”山崎正友らとともにロビー活動に動いていた。
 95年の転落死事件では、事実を正確にとらえることができず、あたかも教団が関与したかのようなバイアス記事を垂れ流し、わざわざ著作にしてまで恥をさらした(単行本『怪死』)。さらに96年の信平狂言事件では、直接取材したわけでもないのに詐欺夫婦の虚言を盲目的に信じ込み、客観的立場を大きく離れて、夫婦側を擁護するために必死で動いていた。
 いずれのデマ事件においても、その真相が明らかになっている現在、同人の口から反省の言葉がおおやけに発せられたことはない。
 創価学会報道はいまだに深刻な「人材不足」の世界なので、だからといって同人が職業人として“淘汰”されるわけでもない。客観的立場を“擬制”しながら、いまも活動を続けることができている。その意味では、日本は“ジャーナリスト天国”ともいえよう。
 同人の特徴は、教団を大学時代に脱会したという“負い目”からか、教団が間違った存在であってほしいとの強い欲求のもと、あら探しに終始するしかないという点にある。例えば小生が共産党批判をする際に、同党による政治腐敗の浄化作用などのプラスの側面を率直に評価するスタンスであるのに対し、乙骨は教団のプラスの側面にはいっさい触れようとしない。事実であろうとデマであろうと、それらを用いて教団を貶めればいいというスタンスで一貫している。それでいて飯が食えるのだから、同人は逆説的な意味で、教団に「寄生」して生きている存在といってよいだろう。
 およそひとりの人間であれ、いかなる団体であれ、社会的には必ず長所と短所の両面を併せ持つ存在だ。双方を客観的に評価するスタンスなしに、正当な評価などなしえるはずはない。その団体がどのような理念を訴えているのか、どのような活動をして社会に貢献しているのか。実態を見ることなしに、正確な判断などくだせない。「アンチ・ジャーナリスト」の限界点であり、まともな創価学会報道が日本に根づいていないと小生が主張するのは、こうした点が大きい。
 よくありがちな「日本乗っ取り論」などという短絡的な批判も、たとえば外国人地方参政権の是非を論じる際に、こんな法律をつくると日本は外国人に乗っ取られかねないといった「暴論」と同じ次元のものに映る。この種のアンチ報道ばかりを提供されて損をするのは、デマにふりまわされ、結局はまともな判断材料を提供されない「読者」自身にほかならない。

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カテゴリー:コラム
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