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「矢野絢也」に金権政治を批判する「資格」などさらさらない

2009年4月3日

 「矢野絢也」を政局に利用しているのは民主党だけではない。メディアのなかでは「週刊新潮」もそのひとつだ。矢野は同誌で「永田町を斬る!」というコラムを連載しているが、最新号のタイトルは「小沢問題で沈黙する民主党議員のぶざまさ」である。おいおい、お前にそんなことを主張する資格があるのかと口にしたくなるのは、矢野の過去の金銭スキャンダルの経緯をよくわかっている人だ。
 矢野絢也は公明党委員長だった1988年、自宅で2億円の株投資用の資金を明電工関係者に渡したと指摘されて翌年5月、引責辞任した。当時はまだ委員長の不祥事でもあり、公明党内は必死で同人の不始末をかばおうとした。内部からは少なくとも公然として批判する声はなかったはずである。わずかに藤原行正や大橋敏雄といった者たちが、いまとなっては正しい疑問を矢野に対してぶつけていたのは皮肉なことだった。仮にその当時、他党の人間が「矢野問題で沈黙する公明党議員のぶざまさ」などと書いていたら矢野本人はどう対応しただろうか。要するにこの男に、こんなことを口にする資格などさらさらないということである。
 もちろん小沢一郎の行為は、それが合法であろうと違法であろうと、「税金還流」をシステム化していたという意味でとんでもない行為である。国民の血税を“還流”させて自分のポケットに入れて平然としていたわけだから、国民への背信行為といってもよい。こんな利権型政治家がいまも存在すると世間にわからせただけでも、今回の事件には大きな意味がある。摘発が選挙の直前だったなどという反対意見もあるようだが、ロッキード事件における田中元首相などに対する逮捕も、総選挙がとりざたされる時期にほかならなかった。
 話は変わるが、矢野絢也は3月27日、東京高裁で逆転勝訴した裁判で、翌日の一般紙報道において一切コメントしていなかった。ほとんどのマスコミは矢野本人にコメントを求める取材を試みたと思われるが、一言も感想を寄せなかった矢野の立場は微妙なものに映る。最新の「週刊新潮」に、本人の次のようなコメントが掲載されていた。
 「すでにOBとはいえ、公明党の最高幹部だった方が、私を脅し、家捜しまでして無理やり手帳を持っていった。公職にあった人間として、あるまじき行為だと思います」
 3人としては冗談ではなかろう。政党のトップの地位にあった人間が、「自分の手帳をとられた」などとマヌケなことを言っているのである。拒絶するならそうすればよかったのだし、仮に脅されたという事実が正しいのであれば、家に上げる必要もなかったのだ。逆に、「この10年間、ボクは淋しかった」などと泣き言を並べ、3人に感謝してみせた。これも口先だけのサービスだったのだろうか。結局は了解のもとに手帳を渡したのは矢野本人だ。当事者の承諾なしに、こんな行為をなしえるはずもない。
 それを後になって「取られた」「脅された」などと主張するのは、ほとんど子どもの泣き言に近い。そんなマヌケな主張を平然としている現状そのものが、公党のトップにあった人間としてはその「失格ぶり」を示している。矢野の主張はそのまま、自分の言動に責任をもてないタイプの典型例にさえ映る。こんな無責任な人物だからこそ、公明党の「看板」に深刻なまでの“泥”を塗りたくり、そのことを深く反省することもなく、これまで平然と生きてこれたのだ。
 虚言癖の人間の「本質」を見抜くことは、世間の人々にとっては難しいことのようである。だからこそ、ジャーナリストは「本質」を見抜くことが必要だ。この問題の本質は、実に単純なものに見える。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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