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詐欺師夫婦の「虚言」を支えたジャーナリスト・乙骨某

2009年4月2日

 本日付の「しんぶん赤旗」が3面で、同紙社会部長による西松献金事件に関する論考を掲載している。社会部長の名前は「栗田敏夫」。いまから13年前の1996年、「週刊新潮」を舞台に信平狂言報道というデマ手記連載が掲載された。現在問題となっている朝日阪神支局襲撃事件をめぐるデマ手記問題と構造はまったく同じで、詐欺師の言い分を裏づけをとることもなくそのまま掲載したために起きた≪大誤報≫にほかならなかった。
 13年前、その週刊新潮より先に、詐欺師夫婦に接触したのが赤旗社会部の栗田という名前の記者だった。赤旗は、その人物を匿名でさらっと紹介しただけで、何か大きな罪を犯したというわけではない。ただし、当時の「週刊新潮」がデマ手記キャンペーンを始め、詐欺師夫婦が手記だけでなく狂言裁判まで起こすと、赤旗はそうした事実を複数回にわたり報じた。その意味では、赤旗はこの問題とまったく無関係とはいえない。
 その赤旗が、同じ本日付の社会面に、昨今問題となっている「週刊新潮」のデマ手記をめぐる朝日新聞の検証記事について掲載している。見出しには「朝日、新潮に謝罪要求」。通信社の配信記事と思われるが、小生の記憶する限り、赤旗がこの種の新潮批判の記事を掲載するのは珍しい。
 「週刊新潮」の捏造記事体質は、13年前と比べても何も変わっていない。今日付の読売新聞・メディア面で、ノンフィクション作家の吉岡忍氏が「新潮社は、社内に審査委員会を設置するなど丁寧に検証する必要がある」と述べているが、まさしく正論であろう。
 13年前のデマ手記問題では、ネタ元となったのは、信平醇浩(故人)という人物とその妻だった。信平は地元では金を借りまくっては競輪・競馬につぎこみ、その金を返済もせず、何件もの貸金返還訴訟で敗訴を繰り返していたような男だった。この人物が妻を動かし、よからぬ目的(所詮はカネとされた)で「虚偽証言」のネタ元となった。確かな情報筋によると、この事件を陰で“統括” していたのがあの希代のペテン師・山崎正友であり、一方でその“手下”となって動いていたのが乙骨某である。
 乙骨は自らは一取材者の立場にありながら、信平の記者会見の「司会」まで行っていた。要するに、「謀略事件」の広報・宣伝活動において、取材者ではなく、「主体者」としての役割を果たしていたわけである。今回の朝日襲撃事件報道でいえば、島村某というネタ元の宣伝のためにわざわざ記者会見を開き、その司会役を務めたようなものである。乙骨某はそれだけでなく、詐欺師夫婦の虚偽主張を支えるために、自ら長文の陳述書を執筆し、裁判所に提出したりもしていた。そもそもこんな人物に、創価学会を論評する「資格」などあるはずもなかろう。
 日本の創価学会報道がいまだ≪低次元≫で推移しているのは、こうした低劣な人間にしか行わせないメディア側にもある。乙骨某にとってはそもそも「事実」かどうかなど最重要の問題ではなく、デマを使ってでも貶めることができればそれでよいのだ。

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