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矢野絢也の素顔  25  秘書は金儲けのための“小道具”

2009年3月19日

 矢野絢也が党大会で公明党委員長に就任した86年12月5日、全国紙の新聞広告に大きな見出しが躍った。「矢野絢也新委員長のアンタッチャブル金脈 清潔な公明党が泣く」というタイトルの記事で、「月刊現代」の広告だった。歴代の公明党委員長のなかで、就任の日をこのような“恥ずべき内容”の記事で祝福された者はこれまで矢野以外に存在しない。記事には矢野の不透明な不動産疑惑などが詳細に綴られていたが、本人は支持者に顔向けできないと思ったのか、2日後の公明新聞に記事を掲載させ、同誌に謝罪と取消しを要求した。そのなかに次のような記述がある。
 「あたかも私が意図的に元秘書を使って金儲けをしているかの如き記述があります。元秘書は自らの意志と能力で自立したものであり、私はこれら秘書からの金銭の取得はもとより、元秘書を使って金儲けをはたらこうなどという事実も意図も全くありません」
 だがこれらは≪虚偽の弁明≫にすぎなかった。先日も1970年ころ公設秘書をつとめた人物が矢野関連裁判で証言し、矢野の紹介で健康食品などを扱うひナチュラルグループに転職後、同社の関連会社の経営に携わったことを明かした。その際、業績がよくなると、個人的に100万円以上の金額をしばしば矢野に届けたと言い、さらにポケットマネーだけでなく、会社からも何度か献金した事実を明かした。矢野の上記の弁明がいかにでたらめなものかがよくわかるはずだ。
 こうした元秘書を活用した“錬金術”は自身の不動産売買にもよくあらわれていた。実際、東大阪の自宅あるいは三重県の別荘などを「転売」した先はいずれも、自分の元秘書が勤務するなどした「矢野ファミリー企業」にほかならなかった。矢野は自分の秘書を「手駒」として実業界に送り込み、成功すればしたで資金を「還流」させていたほか、ほかにもさまざまに活用していたことになる。
 「“清潔な公明党”が泣く!?」とのサブタイトルは、いま振り返ると、まさにそのとおりである。この男のために、公明党のイメージがいかに損なわれたか、はかりしれない。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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