ホーム > コラム, 矢野絢也 > 偽証常習犯「矢野絢也」の“虚言”を垂れ流して金儲けにいそしむ「講談社」

偽証常習犯「矢野絢也」の“虚言”を垂れ流して金儲けにいそしむ「講談社」

2009年3月15日

 元政治家「矢野絢也」の半生をひとことで括れば、「言い逃れ」の人生ということに尽きる。平たくいえば、単なる「ウソつき」ということだ。公明党委員長時代の1988(昭和63)年12月、自宅で明電工関係者に1000万円の札束20個を渡し、「あんじょう頼みます」と株売買を依頼したという出来事が発覚したことに対し、最初は完全否定していたが、逃げきれないと悟るや一転、2、3日後の記者会見では2億円の授受を認めた。だが、その金は自分のものではなく、元秘書のものだとここでも「言い逃れ」を図った。元秘書とは、原野商法詐欺の片棒を担いだことで知られる中村道雄という人物で、現在、歯科関係の専門学校などを手広く経営し、矢野ファミリーのなかでは事業的にもっとも成功を収めている人物である。
 秘書が政治家のために動くのは世間の常識であろうが、政治家が元秘書のために自分の家で億単位の金を手渡すなどという話があろうはずもない。明確な「虚偽」であり、「言い逃れ」にすぎなかった。所詮、矢野の政治家人生はこのようなものであり、こうした「言い逃れ」がマスコミ相手でも通じる、あるいは「法廷」においても通用すると“錯覚”したことが近年の不幸の始まりであった。
 矢野は国会手帖をかつての仲間に“強奪”されたなどと一部週刊誌にリーク。週刊誌は確たる裏づけもとらないまま記事をセンセーショナルに膨らませ、名誉棄損裁判では“異例”ともいえる完全敗訴を喫した。矢野の「偽証」はこの裁判でも明確に断罪された。矢野個人だけでなく、妻の満子、女性秘書の3人による≪集団偽証≫にほかならなかった。さらに先日は、自ら提訴した母校の同窓会基金「詐取」疑惑問題においても、公然と≪偽証≫を行っていることが明らかになった。
 矢野絢也は明確な「偽証常習犯」にほかならない。これは犯罪行為だ。
 だがそんな人間の虚言を、そのまま書籍にして刊行する奇特な出版社も存在する。講談社がそれだが、偽証常習者の言い分をそのまま検証することもなく垂れ流す行為は、例えば「週刊新潮」が詐欺師の虚言をそのまま用いて売らんかなのデタラメ手記を掲載したのと根っこは同一である。はっきりしていることは、「週刊新潮」のデマ手記問題について、講談社にそれを批判する資格は存在しないということであろう。
 情報を流通させる仕事にたずさわるものにとって、何より大事なことは、正確な情報を発信するということが前提となる。にもかかわらず、自らの「保身」にまみれ、虚偽だらけの情報を拡散させることに「加担」することは、「社会悪」そのものとさえいえよう。そんな出版社だからこそ、調書漏洩事件などの社会的問題を引き起こし、情報源にも迷惑をかけてしまうのだとさえ感じる。
 手帖の強奪など、本人の合意なしに起こりえないことはだれが考えても明らかだろう。第三者にとって当人の手帖がどこにあるかなど最初からわかりはしないし、それを行えるのは、公権力をもった検察官や警察だけだからだ。
 矢野絢也著『黒い手帖』の書籍広告で「強奪した」などのフレーズを目にするたびに、出版業者のモラルを欠いているようでうんざりする。

広告
カテゴリー:コラム, 矢野絢也
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。