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断罪つづきの「講談社」 と“デマ手記問題”に頬かむりの「新潮社」

2009年3月14日

 「週刊現代」と「週刊少年マガジン」の創刊50周年の月を迎えた講談社が、裁判の“断罪続き”にあえいでいる。今月5日に「週刊現代」が北の湖・日本相撲協会前理事長らに敗訴し、1540万円の賠償と取消広告の掲載を命じられたのを皮切りに、昨日も同社発行の「フライデー」が貴乃花親方夫妻に訴えられていた裁判で440万円の賠償とともに謝罪広告の掲載を命じられた。「週刊新潮」が同様事件において社長の責任まで認められたのに比べると、野間佐和子社長の責任までは認められなかったものの、問題とされた5本の記事のうち、4本が名誉棄損にあたると認定されたもの。
 講談社は「週刊現代」に掲載した矢野絢也をめぐる告発記事でも一昨年末、東京地裁で完全敗訴しており、660万円の賠償とともに謝罪広告の掲載を命じられている。問題となった記事では、多くの≪捏造≫が発覚しており、国会手帖を強奪されたという矢野の主張にそもそも事実関係に大きなウソがあるほか、手帳の入った段ボールを男たちが何度も車に持ち運びしたなどの記述もありもしない大嘘で、見てもいない、聞いてもいない証言を集めた≪創作記事 ≫にすぎなかった。そうした虚偽事実の集積が、音声記録という具体的な「物証」に基づき、一審判決で明快に排斥されたものの、矢野と講談社はそうした司法判断さえ覆し、このほど『黒い手帖』と題する書籍を発刊。厳密な証拠をもとに出された司法判断を無視し、何の証拠も示さないまま、都合のいい自説だけを垂れ流し続けている。
 これらは「真実」に立脚しようとしないという意味で、ジャーナリズムを放棄した出版活動にほかならない。偽証常習者の「協力者」といわれても仕方のない行為であろう。そんな出版姿勢を明確にしてきた結果か、上記の裁判は27日に高裁判決が言い渡されるほか、「週刊現代」裁判では26日にも日本相撲協会との関連で一審判決が予定されており、同社の“断罪続き”は止まりそうにない。
 一方の新潮社は、「週刊新潮」のデマ手記問題をめぐって、今日付の産経コラムでWiLL編集長の花田紀凱氏が、右翼団体幹部の「(間違いに)気づいたら謝ればいいんです」との言葉を引きながら、「『新潮』、音なしの構えでは済むまい」と呼びかけている。
 これらの問題で、講談社と新潮社の双方に共通するのは、「真実」を探究しようとしない≪中途半端な姿勢≫ともいえる。より端的にいえば、確信犯的に「真実」以上の価値(=売れればいい)を優先した結果としか思えない。出版社としての見識が疑われている。

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