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矢野絢也の素顔  20  妻・満子は「原野商法」詐欺の“共犯者” 

2009年3月6日

2009/03/06(Fri)
 矢野絢也ファミリーが金儲けのために手がけた「原野商法詐欺」の舞台となった一つの会社がある。株式会社善興(大阪市北区)で、73(昭和48)年2月に設立された。このとき同社の取締役に就いたのが、矢野功(絢也のいとこ)、矢野菊枝(絢也の実母)などで、監査役には妻の矢野満子が就任した。この会社はその後、北海道旭川に本店をもつ七和商事という会社と手を結び、北海道の原野を高く売りつけて利ざやを稼いだことで知られる。
 矢野絢也が北海道の国会議員に対し、「不動産を扱っている北海道のいい会社はないか」と打診したのは70(昭和45)年7月で、同年10月には、旭川のその会社を訪問している。さらに事実上の弟ともいえる矢野功名義で、伊達市の土地を大量に買い込ませ、それを転売していった。対象となった顧客は、関西方面に住む矢野の支援者である。当時の公設第一秘書が窓口となり、七和商事につないでいった。
 現在、問題となっている民主党の小沢一郎と大久保秘書の関係と同様に、矢野絢也とこの秘書の関係は、秘書が動けば、矢野自身が動いているのと同じに見られた。「矢野書記長が得ていた新幹線が通るという情報がいよいよ具体化します」などと、功は言葉巧みに支援者をだまし、72年から73年にかけて、当時の金で3100万とか、800万の金を吐き出させた。当時の3100万円だから、いまならゆうに1億円にもなると思われる大金を投じたその土地は、現在の土地評価額はわずか「18万円」にすぎない。つまり、18万円の土地を、矢野らは1億円で支援者に売りつけたわけである。
 上記の役員構成から明らかなように、善興は、政治家・矢野絢也の“ダミー会社”にほかならなかった。その証拠は、さまざまに指摘することができる。逆にそれがわかっているからこそ、矢野本人はこの問題で訴訟を提起することもできず、具体的に反論することすらできないままでいるようだ。
 矢野絢也が東大阪の一等地に鉄筋3階建ての土地・建物をキャッシュで購入したのは73年8月である。当時の時価で5600万円といわれているようだが、その「原資」に、上記の詐欺行為で矢野に“還流”された可能性のある≪黒い金≫がまじっていないという証拠はどこにも示されていない。
 そうした犯罪行為を実行した会社の監査役を、実は、矢野の妻がつとめていたわけだ。さらに取締役には実母も入り、その後社長には“弟分”の矢野功が就き、辣腕をふるった。
 73年8月、北海道の七和商事は、善興の役員であった矢野菊枝、満子などを北海道に“無料招待”して「大名旅行」させ、接待した事実がある。株式会社善興は92年11月、解散のやむなきに至り“消滅”したが、公党の要職者が事実上支配していた会社だけに、「結果責任」は最後までつきまとう。その意味では、善興は矢野絢也にとっての「シーホース」(=ペテン師・山崎正友が実質経営したダミー会社)とさえいえよう。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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