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矢野絢也の素顔  19  嘘のオンパレードといってよい『黒い手帖』

2009年3月5日

 矢野がこのほど発刊した単行本は、それこそ嘘のオンパレードと断じて差し支えない。すでに指摘したとおり、89年の委員長辞任のきっかけとなった明電工事件について、「天地神明に誓って、私は潔白である」(P126)などとだれもがわかる“大嘘”を書き連ねているほか、一昨年12月に東京地裁判決で完全敗訴して排斥されたICレコーダーの改ざん説を延々と繰り返している。いずれも自説の「強奪された」との主張を成り立たせるための苦肉の主張でしかないのだが、おそらく今月末の東京高裁判決でも、一審同様に排斥される内容と見られている。さらに妻の満子が「キャー」と叫んだなどという主張も、まったくのデマ話にすぎない。だが、嘘のオンパレードはほかにも延々とつづく。たとえば次のような箇所もそうである。
 「ものぐさだった父は、大阪市内の不動産は売却したものの、山林などの不動産は、叩き売りしなかった。そのような土地が、高度成長期を経て財産価値が出てきて、処分すると、相当な額になった。私は時間差で父から遺産を相続したようなものである」(P28)
 この主張は、矢野が73(昭和48)年8月に、東大阪市の住宅街に100坪の土地と鉄筋コンクリート3階建ての自宅をキャッシュで購入した際、共産党などに批判されて、「後年」言い出した理屈だが、問題となったまさにその当時は、後援会の川脇彦治郎副会長に「おっさんに借りたことにしておいてくれ」と頼み込み、実際にそのように説明してまわっていた。事実なら、最初からそう言えばよかったものを、要するに、“後付けの理屈”であり、主張は大きく“変遷”してきたわけである。しかも、上記の父親の不動産を売って資金にしたとの言い分については、どの土地をいくらでいつ売ったという具体的な証明は、これまで一度もなされたことはないのである。虚言はこれにとどまらない。たとえば次のような記述もまったくデタラメというほかない。
 「引退後は、後継者のために応援演説をし、(中略)全力で選挙活動を行った」(P134)
 矢野が93年に議員引退後、次の候補者となった久保哲司氏の告示日に、事務所にも寄らず、ゴルフにこうじていたことはよく知られている。東京新宿区に移ってきてからも、地元で公明党候補者のために応援演説をしたり、支援活動に動いたなどという話はまったく存在しない。
 このようにこの書籍は“嘘まみれ”だ。“モラルのある人間”が書いたものとはけっしていえない。

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