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Archive for 2009年3月

「早川新潮」の敗訴額が「8500万円」超える

2009年3月31日 コメントは受け付けていません

 「週刊新潮」が2007年11月8日号で「秋田経法大を乗っ取った『創価学会』弁護士の『伝書鳩スパイ網』恐怖政治」という特集記事を掲載し、ノースアジア大学(旧秋田経済法科大学)と同理事長から名誉棄損で訴えられていた裁判で30日、東京地裁は判決を言い渡し、判決文のなかで「記事は伝聞に基づいており、当事者への取材は一切行われていない」と指摘し、発行元の新潮社に計600万円の損害賠償を命じた。
 現編集長の早川清氏が2001年8月に「週刊新潮」編集長に就任後に作成された記事が原因で敗訴するのは、確認できる範囲だけでもすでに32件目。トータルで8500万円を上回る賠償を命じられている(係争中の事案を含む。確定済みの総額は6000万円超)。新聞報道ではこの4月、朝日新聞阪神支局襲撃事件をめぐる確信犯的なデマ手記掲載などが原因で編集長を交代する予定と報じられているが、高額賠償判決が今後もつづけば、「1億円」を突破する可能性がある。
 一人の編集長のもとで、これほどの損害賠償を命じられた記録は今後容易に破られそうにない。

カテゴリー:コラム, 新潮社

矢野絢也の「偽証」を“精査”しなかった「東京高裁」判決

2009年3月30日 コメントは受け付けていません

 裁判官がどのような判決を下そうと自由だが、その認定過程が誤っていれば、結果も誤っているというほかない。先日の東京高裁判決の認定過程で、明らかに誤ったと思われるのは、矢野絢也らの「偽証行為」についてなんら精査しなかったという点である。これでは公平な判決とは到底いえない。
 もともと矢野らは、手帖が強奪されたものであるとの主張を補完するために、家捜しを強行され、女房の着替え姿を覗かれて「キャー」と叫んだなどの荒唐無稽の話を創作していた。この話の根拠は、矢野絢也と妻満子の「供述」のみしかない。
 今回の東京高裁判決は、物証であるICレコーダの記録内容について、合理的な科学的根拠も示さず、削除された疑いを指摘した。さらに、現存している音声部分について証拠とみなす考えを表明する一方、矢野らの法廷での供述などについては、なんら根拠を問うことなく、そのほとんどすべてをそのまま「認容」してしまった。それらを成り立たせる根拠は、結局のところ、裁判官の「推測」である。
 一方の当事者には科学的根拠を求めながら、もう一方の当事者には供述のみで足りるとする姿勢。これでは事実認定をする者として、およそ公平な態度とはいえないだろう。ボクシングや相撲にたとえていえば、それは「八百長試合」といってもいいレベルの結果にしかならないと思われる。
 矢野はいうまでもなく、明電工事件のころから顕著な嘘を用いて言い逃れを続けてきた「偽証常習者」にほかならない。そうした≪人格特性≫を無視して下された今回の判決は、過去に“希代のペテン師”山崎正友の法廷における偽証を見抜けず、同人の主張を真に受けた民事法廷の裁判官とまるで瓜二つといってよい。当然、認定された結論は、「真実」とかけ離れたものになってしまう。
 ICレコーダー記録にそこまでの厳密性を求めるのなら、もう一方の当事者である矢野絢也の「供述のみの証拠価値」についても、同様の厳密性・合理的根拠を求めるべきであろう。高等裁判所は、地裁とちがって当事者同士の尋問を行っていない。尋問記録という「書面」を読んで“追体験”しただけであって、矢野絢也が供述したときの声の響き、表情の変化、偽証がばれた瞬間のうなだれ方などを自分の目と耳で直接確認したわけではない。
 このことは物事をより客観的に判断できるという長所も考えられる反面、よほど慎重な態度をとらないと判断を間違いかねない危険性を伴うことを意味している。一方に偏しすぎていると感じたのは、そうした意味においても公平と思えなかったからである。

カテゴリー:コラム, 矢野絢也

明らかに「誤認」の東京高裁判決

2009年3月29日 コメントは受け付けていません

 今回の高裁判決は、驚くことに矢野絢也の陳述書や法廷における証言(尋問内容)を「証拠として認定するのが相当」と判断した。さらに妻の満子や女性秘書の証言についても同様である。この判決の最大の「誤認」はこの点にあるように個人的には感じられる。
 矢野絢也は自らの陳述書において、例えばこんな主張をしていた。
 「自分で(※手帖を)燃やすなどと言ったことはありませんし、言うはずもありません」
 「これからもしばしば来てほしいと言うわけがありません」
 だが、音声データには、そうした発言が厳然と記録されていた。さらに妻の陳述書などでは、3人に着替えているところを覗かれ「キャー」と悲鳴をあげたなどと書いていたが、音声記録にはそんな声は一切記録されていなかった。
 もとより、音声データが改ざんされたものなどとは私個人は考えていないが、元あった音声を削除することは物理的に難しいことではない(ただその場合、痕跡を残さないでできるとの矢野側主張について論及する知識を私はもたない)。だが、もともと存在しない音声を作ることは不可能に近い。
 その意味で、上記の矢野の主張は、書面上からも≪うそ≫であることは明白に認定できたはずだ。さらに今回の高裁判決は荒唐無稽な「キャー」発言すら、事実として認定してしまうことになる。明らかに、厳密さを欠く判決である。
 妻の矢野満子は、「渡せ、渡せの強引な押し問答でございました」などと法廷で証言していたが、そんな音声もデータ上はいっさい記録されていない。またそうしたやりとりがずっと続き、それらが丸ごと削除されているという矢野側の主張が正しければ、録音時間は実際の会見時間よりもかなり短くなったはずである。だが今回の高裁判決では、そうした点の精査すらない。厳密さを欠くというのはこういう点にも当てはまる。
 「物証」という明らかな証拠よりも、自らの推測のほうを優先するような判決は、判決として信頼性に足るものだろうか。
 矢野は別の裁判でも、明らかな偽証をたびたび重ねている。現職議員(党書記長)だった時代に、自分の秘書だった男性を知り合いの企業グループに紹介し、その男性が社長として業績をあげると、(1)男性からたびたび裏献金をもらっていた事実(2)その男性の会社に自分の私設秘書の給料を支出させていた事実(3)山本高校同窓会の小切手200万円をこの会社が現金化した事実への関与——など、自分に都合の悪いことはすべて「知らぬ存ぜぬ」で通している。
 当事者の人格特性を見抜くことのできない裁判官に、正しい事実認定などできようはずはない。その結果、ウソつきが正直者となり、逆に証拠に基づき正しい主張をした者がウソつき扱いされることになる。こんな裁判がまかり通れば世の中は狂ってしまう。

カテゴリー:コラム, 矢野絢也

「矢野絢也」が“偽証常習犯”であることに変わりはない

2009年3月28日 コメントは受け付けていません

 昨日の高裁判決は個人的には予期しないものであったが、“既視感”があった。1審で一方が完全勝訴し、2審で完全にひっくり返るという流れについてである。
 高裁判決では、3人の公明党議員OBが録音した音声データの信用性について、かなり杜撰な判断をしたといわざるをえない。矢野側はもともと、このデータが改ざんされたものと主張していた。当方は専門家でないのでその点はよくわからないのだが、高裁判決もそれを受け入れ、都合の悪い部分が削除された可能性を指摘している。
 おそらくカセットテープ形式の録音であれば問題は生じなかったかもしれない。客観的に考えて、ICレコーダーの内容は物理的に「削除」はできたとしても、存在しないものを「挿入する」ことは不可能に近い。その音声が矢野本人の声であるかどうかは鑑定すればすぐに判明すると思われるからだ。そのため彼らは、「都合の悪い部分は削除された」という“グレー・ゾーン”に逃げ込むしかなかった。
 だが、その音声記録には、矢野本人が法廷で「絶対にそんなことは言っていない」と述べた言葉が随所に録音されていた。「(手帖を渡すのは)謗法払いのようなもの」という象徴的な言葉もそうだし、「本当に来ていただいてうれしいです」といった歓待する言葉もそうである。
 こうした点は紛れもなく≪揺るぐことのない偽証部分≫であり、しかも核心部分にかかわる偽証にほかならなかった。だが、高裁判断は、これらの点を敢えてことごとく“捨象”し、極端な判決を下した。
 矢野絢也の「人格特性」は、上記の偽証行為からも容易に判断できたにもかかわらず、そうした点を一切顧慮していないことは、やはり異常といわざるをえない。
 個人的には、手帖を返せ云々の判断は高裁段階でひっくり返る可能性は残っていると思っていたが、名誉棄損部分がゼロになるとはまったく予想していなかった。そのためか、判決後の講談社側代理人の喜びようは、まるで万歳三唱するかのようであった。
 今回、ICレコーダ記録の信用性について、1審と2審で正反対の判断が出されたわけだが、2審のその判断に明確な科学的根拠があるわけではない。自らの推測の流れの上に、そうした結論を位置づけたにすぎず、客観的にはグレー・ソーンの範囲内で評価が分かれたという印象である。
 それでも現段階ではっきりいえることは、矢野絢也という元政治家の人格特性はまったく変わってないという事実であろう。法廷でも平気でうそをつき、言い逃れるという顕著な特性のことである。その意味で、「偽証常習犯」という同人の形容は何ら変更する必要はない。

カテゴリー:コラム, 矢野絢也

矢野絢也・現代裁判  高裁判決はひっくり返る

2009年3月27日 コメントは受け付けていません

2009/03/27(Fri)
 矢野絢也と「週刊現代」が元公明党議員3人に名誉棄損で提訴されて一審で完全敗訴していた裁判で、本日午後1時30分、東京高裁(民事17部)で控訴審判決が言い渡された。主文を言い渡した南敏文裁判長は、矢野が「念書」をつくって3人に引き渡した手帳を返却するように一審原告らに命じるとともに、一審原告側が矢野に対し逆に精神的慰謝料として300万円を支払うよう命じた。
 2007年12月の東京地裁判決は、被告矢野と発行元の講談社に対し、連帯して660万円の損害賠償の支払いとともに、それぞれ謝罪広告を掲載するよう命じていた。これに対し、一審原告は矢野がリークしたとの部分が認められなかったことや賠償金額を増額すべきだと主張して控訴し、敗訴した一審被告らも控訴していた(=双方控訴)。矢野絢也はこの裁判の一審における本人尋問で、数々の「偽証」を働き、その事実を決定的な証拠とともに暴かれていたが、東京高裁は一審で物証として提出されていたICレコーダ記録の信用性について、地裁判決とは正反対の判断をくだしたもの。
 話は変わるが、昨日の「週刊現代」裁判判決は衝撃的であった。日本相撲協会に対して、わが国史上最高の4290万円の賠償命令とともに、取消広告まで命じられたからだ。今月上旬にも同じ相撲協会の裁判で命じられた1540万と合わせ、総額6000万円近くにもなる。同協会の関連では、もう一件の事件も係属されているので、それを加えると記録はさらに伸びそうだ。
 これまで一件あたりの名誉棄損裁判における賠償記録は、新潮社の発行する「フォーカス」(すでに廃刊)が、熊本県の医療法人幹部らの交通事故を保険金詐取疑惑として12週にわたって連続キャンペーンし、1980万の賠償命令を受けたのが最高。この記事を担当したのは、4月から「週刊新潮」編集長に就任すると報じられている酒井逸史氏だが、今回の「現代」判決はそれを優に上回り、一挙に2倍以上も記録を更新したことになる。

 【アサヒコム】 http://www.asahi.com/national/update/0327/TKY200903270439.html

カテゴリー:コラム, 矢野絢也, 講談社

昨日も「偽証」を連発した“偽証常習犯”の「矢野絢也」

2009年3月26日 コメントは受け付けていません

 悪質な“偽証常習者”として知られる元政治家の「矢野絢也」が2006年10月号の月刊誌「財界にっぽん」の記事などをめぐり著者と出版社を名誉棄損で訴えていた裁判で25日、東京地裁で本人尋問が行われ、矢野絢也が出廷した。すでに前回、矢野の元秘書の男性や元公明党府議会議員などが証言しているが、矢野はこの日も“うそ八百”を連発、傍聴人らを驚かせた。
 前回、矢野の元秘書だった男性は調和産業の社長として業績を伸ばし、矢野に100万円単位の献金をしたと証言。矢野はこれらを「とんでもないことです。絶対ありません」と完全否定した。さらに当時、私設秘書の給料を調和産業に肩代わりさせていた問題について、「知らない」「(自分で手配したことでは)絶対にありません」「知っておれば厳しく叱ったと思う。事実なら遺憾千万」などと証言した。
 私設秘書は当時、地元に2〜3人いたといい、給料を肩代わりされていた秘書はその中心となっていた男性で、議員である矢野本人の知らないところでそうしたことが行われたとは常識的にもとうてい考えられない。この件では社会保険庁などが発行する公式文書が「物証」として裁判に提出されているにもかかわらず、矢野は必死にとりつくろい、最後までシラをきり通した。
 山本高校同窓会の基金を詐取した疑惑については、「自分のポケットに入れるなら、そんなややこしいことをする必要はない」とまで言い切り、別の人間の犯行である可能性すらにおわせた。
 矢野は自身でかつて所有した不動産について、東大阪市の豪邸は「3000万ちょっと」、奈良県生駒市の土地は「2000万円足らず」、三重県の別荘は「700万円くらい」で購入したと言明。相手方代理人から歳費がわずか月額27万円の時代に、5000万円近くの大金をキャッシュで支払えたのはなぜかと問い詰められても、説得力のある明確な回答を返すことはできなかった。
 さらに本件の最大争点であるテニスコート補修費用の詐取問題について、フェンスの工事時期が、矢野側の主張する時期とまったく異なるという新たな疑惑も判明。矢野側のうそがここでも明らかになったように見えた。
 次回の進行協議期日で同窓会幹部の男性の証人調べをするかどうかを検討し、まもなく結審する見込みのようだ。矢野は180度反対のうそを、良心のとがめもなく堂々と発言できるタイプの人間で、供述を鵜呑みにする者は最初は騙されるかもしれないが、同人の言動を一定程度観察すれば、どんなことも平気で“言い逃れる”タイプであることはすでに明らかである。
 傍聴席には、取材なしにデマ記事で他人を誹謗中傷するなどして「敗訴」を繰り返しているお粗末なジャーナリスト・乙骨某の姿も見られた。

カテゴリー:コラム, 矢野絢也

矢野絢也の素顔  28  「政治家に金を渡すときは新聞紙に包め」

2009年3月25日 コメントは受け付けていません

 “偽証常習犯”で知られる元政治家の矢野絢也が月刊誌「財界にっぽん」などを名誉棄損で訴えている裁判で、3月11日に法廷に立った矢野元秘書の男性は興味深い発言をした。男性は秘書を辞めたあと、矢野の紹介で健康食品会社に“転職”。関連企業の社長として経営を任され、その後業績は順調に伸びていったという。そうして1979(昭和54)年に2年ちょっとで赤字会社を黒字に転じると、100万円単位の現金を矢野のもとへ届ける機会が増えたという。いわゆる政治献金であろう。そうした関係が同社を去る87年まで続いたという。さらに多いときには200万円くらいを届けたこともあったという。注目すべきは、その際、現金を新聞紙に包んで渡すことが多かったという証言だった。その理由を弁護士に尋ねられて、元秘書の男性は次のように答えた。
 「政治家に金を渡すときは、新聞紙に包むものだと言われていたためと思う」
 要するに、政治家に金をもっていくときは通例、新聞紙に包んでもっていくものだと秘書時代に矢野から言い含められていたからということだった。この瞬間、原告席に座って男性の証言を聞いていた矢野本人は、何やら思わず懐かしそうに顔をほころばせていた。
 傍聴席から見ていると、矢野は実際にそうやってさまざまに現金を受けとっていたのだなと感じさせる瞬間だった。もちろん、自民党筋などからの「黒い金」を含んでのことである。

カテゴリー:コラム, 矢野絢也