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矢野絢也の素顔  16  新潮手記に匹敵する“ウソまみれ”の講談社本

2009年2月28日

 本日付の朝日新聞社会面によると、「週刊新潮」のデマ手記問題で「指示役」と名指しされた元米大使館職員の男性が昨日、新潮編集部の担当者らと面会し、抗議した。新潮側は記事の真偽について説明することはなく、謝罪や訂正の姿勢に応じる姿勢は見せなかったという。今週月曜日の当コラムで、小生は「『デマ新潮』の責任者『早川清』は辞めるしかない」と書いたが、実際、そのようになりそうだとの情報がある。早川の更迭時期は3月とも4月ともいわれているようだが、このままウヤムヤに済まされることは社会的にもありえないことだろう。
 ところで、現在この「週刊新潮」に政治評論の連載を行っている元公明党委員長の「矢野絢也」が講談社から新著を出したというので目を通してみた。私の感想は上記の新潮の「デマ手記」に勝るとも劣らない、お粗末な内容であるということに尽きる。
 今回の矢野本のデマは、小生流に立て分けると大きく二つ。一つは自らが89年に党委員長職を辞任するきっかけとなった明電工疑惑について、「天地神明に誓って、私は潔白である」(P126)と開き直っている点である。これではまるで泥棒が、自ら書籍を出版して、「私は泥棒ではない」と訴えているのと同じ姿である。版元の講談社はなぜこんなお粗末な記述を許したのであろうか。もともと「調書漏洩」で権力介入を招くような書籍出版部門なので仕方ない気もするが、上記の一行だけで、この本の価値は地に墜ちたも同然である。
 さらにもう一つの矢野流のウソは、一昨年末に矢野と講談社が一審で完全敗訴した名誉棄損訴訟について、公明党議員OBが訪問した際にICレコーダーで録音したデータについて、改ざんされたものであり、都合の悪い部分は削除されていると主張している点である。この裁判をほとんど傍聴してきた私は、これが矢野特有の姑息なウソであり、上記の明電工事件で見せた矢野流のウソと、その根底はまったく同一であることを指摘できる。
 矢野はここでも主張を≪変遷≫させている。裁判では、削除、連結、移動、挿入などと、改ざんの手口を幾つも指摘していたが、ここでは「削除」「連結」しか書いていない。法廷では、移動、挿入では、同じテータが記録に残ることになりますねと相手方弁護士から追及されて、矢野理論はすでに破綻していたからだ。
 逆に、矢野は「『手帳を燃やす』などと言ったことはありません」などと陳述書で主張していたが、実際の音声記録には、「燃やしてもいい」という発言が明確に残っていた。要するに、矢野の主張なるものは、自らにとって都合の悪い部分は、すべてウソをかぶせていると言っても過言ではない。
 さらに法廷において矢野は、3人とのやりとりは、「渡せ、渡せの強引な押し問答だった」と供述した。そこで相手方弁護士から、ではあなたの主張のように都合の悪い部分が削除されているというのならどのくらいの時間が削除されていると思うかと聞かれ、うやむやな回答しかできなかった。音声記録はゆうに6時間分ある。これは矢野本人が法廷で、都合4回にわたって3人と面談したと述べた各時間の合計時間を逆に上回っている量である。矢野は、「削除されている」とは言っていても、「挿入されている」とはけっして主張していない。この矛盾は何を意味するのか。
 都合が悪くなると適当に言い逃れ、さらに次の矛盾を指摘されるとさらに言い逃れるという「ウソつき」の典型パターンを示しているだけである。真実は、それ以上でも、それ以下でもない。もしほんとうに矢野が自分の主張を明らかにしたいと望むのなら、実は、その方法は誠に簡単だ。
 矢野は都合4回にわたる3人とのやりとりで、自分で録音したデータを逆に証拠として提出するだけでよい。ただその行為だけで、矢野は完全逆転勝訴できるだろう。なぜなら矢野はそこで、「渡せ渡せの強引な押し問答」が行われたと主張しているのであって、それを裏付ける明確な根拠(物証)になりうるだろうからだ。だが矢野にはそれはできない。なぜか。最初からそんな事実はなかったからだ。
 最初の一回目がアポなし訪問であったことは事実だが、少なくとも最後の2回は矢野は3人の訪問日時を事前にわかっていた。当然、「念書」まで自ら作成するほどの用心深い人物なら、いずれかのやりとりは一部ながらでも密かに録音していたと見るのがふつうであろう。それを法廷に提出するだけで矢野は裁判に勝てる。もし仮に録音していなかったというのなら、それほど恐怖を感じ、あとあと問題になると矢野自身もその時点で明確に認識していたという行為の「証拠」を、なぜ残さなかったのか。逆にそんなことすらやらなかったのなら、元政治家としてはあまりに≪お粗末≫なだけである。
 講談社は、自分の金儲けのために“詐欺師”とも親密に交際してきた「落ちぶれた元政治家」を使わないと仕事ができないほど、「深み」にはまっているようだ。同社がこのほど過去最大の赤字を計上したのも、理由のないことではない。創刊50周年を迎えた「週刊現代」の廃刊も秒読み段階のようだ。日本の週刊誌(特に出版社系)は終わっている、との実感をもつ。

 【アサヒコム】 http://www.asahi.com/national/update/0227/OSK200902270092.html

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