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「週刊新潮」デマ手記問題 死んだはずの実行犯が生き返った早川ノンフィクションの不思議

2009年2月24日

 「週刊新潮」の今回の≪デマ手記≫がメディア各社の反発を受けている。本日発売された「週刊朝日」「サンデー毎日」でもこの問題の特集が組まれたほか、新聞では本日付の読売、朝日、産経なども同様に扱っている。朝日新聞は、この手記で「犯行の指示役」と指摘された元米大使館員が昨日、朝日新聞記者同行のもとで新潮社(東京・新宿区)に抗議に出向いた内容を記載しており、今後何らかの民事訴訟に結びつくかが注目される。
 昨日付の朝日新聞ですでに簡単に指摘されたことと関連することだが、現在「週刊新潮」編集長をつとめる早川清氏は「新潮45」編集長時代に一橋文哉のノンフィクション『「赤報隊」の正体 朝日新聞阪神支局襲撃事件』(2002年刊行)の連載を手がけていた。後日、一橋氏らが別件で訴えられた名誉棄損裁判で、新潮社側は次のような準備書面を提出したことがある。
 「『一橋文哉』とは筆名であるが、その名前で発表された作品には複数の人物がかかわっており、チームを構成する人物もその時々により変動する。同人名の著作は先ず新潮社発行の月刊誌『新潮45』に掲載され、後日、単行本化されることが多い。本件『オウム帝国の正体』についていえば、早川清(現週刊新潮編集長、元新潮45編集長)が、その取材チームにおいて企画、プロジェクト全体の取りまとめ役として関与していた」(東京15ワ1875事件、新潮社側準備書面、2004年11月25日付)
 つまり、この一橋プロジェクトチームなるものは、早川氏がキャップをつとめ、取材記者はときどきに応じて変わるというもので、まず「新潮45」で連載したあと、単行本化され、さらに文庫化される流れになっていた。早川氏が関わったと見られる上記の『「赤報隊」の正体』の記述では、実行犯はすでに2001年に死亡したことになっていた。だが、同じ早川氏が手がけた今回の手記は、その実行犯がなぜか墓の中から“生き返った”ようだ。そのことの整合性を、同人は世間に説明する「義務」がある。
 今回の問題手記が掲載された背景には、売れれば何をしてもいいという安易な発想が見え隠れする。実はこうした発想は、現在の早川清氏を頂点とする新潮ジャーナリズムの手法としては、これまで一貫してきたものにすぎない。今回の事件はすでに「時効」を迎えており、真犯人が出てくるとも考えにくいので、あえてこの話を掲載しても、「逃げられるだろう」とタカを括ったのではないかと小生は考えている。もし真犯人が別にいて、「いや犯人はそいつじゃない、新潮はウソをつくな」とでもいう人物が現われればとんだ赤っ恥をかくことになるが、そんなおそれはないと踏んだはずだ。
 「週刊朝日」は今回の実名手記の執筆者について、「正体は暴力団員で詐欺師」と言い切っている。となれば、「週刊新潮」という名の報道媒体(?)は、詐欺師に騙された“おバカな雑誌”ということでしかない。同誌は過去にも創価学会報道において、山崎正友という名の“詐欺師”に何度も騙されてきた雑誌にほかならないが、取材対象は異なるものの、その体質は何ら変わることのないことを今回の事件で満天下に示したことになる。

 【アサヒコム】 http://www.asahi.com/national/update/0223/OSK200902230085.html
 【読売オンライン】 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090224-OYT1T00105.htm

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