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矢野絢也の素顔  3  抜けない「虚言癖」

2009年1月31日

 政治家が自らの不始末や不祥事を指摘され、秘書のせいにしたりして言い逃れる光景は日常茶飯事のことである。矢野絢也が明電工事件で見せた言い逃れも“迷走”を重ねた。その習性はいまもまったく変わっていないようだ。
 2006年12月。その瞬間、主任代理人の弘中惇一郎弁護士は天を仰ぐようにし法廷内で呆然とした様子を隠さなかった。一方、矢野絢也本人は、証言席に座ったまま、両手を硬直させたように伸ばし、そのまま動かなかった。元国会議員OB3人が矢野と「週刊現代」を発行する講談社を訴えた名誉棄損裁判。3人が矢野の自宅で会話したときのやりとりを記録した音声があることを原告側代理人が矢野に伝えた瞬間の光景である。
 矢野はそれまでさんざんに虚言をふりまいた。自分に有利なように話を勝手にねじまげ、平然としていた。原告側は最初から、さんざんウソを言わせ、最後にドカンと証拠を突き詰ける方針だったのだろう。いわゆる“弾劾証拠”と呼ばれるものだが、柔道で言えばだれの目にも明らかな、鮮やかな一本勝ち。矢野は観念するしかなかった。この瞬間、この裁判の帰趨は決まったといってよかった。
 事実、一年後の2007年12月、東京地裁の一審判決において、矢野・講談社側は660万円の損害賠償と謝罪広告掲載を命じられた。矢野の「偽証」を暴かれたことが敗訴の根本的な要因になったように見える。
 講談社が発行する「週刊現代」は1959(昭和34)年3月30日に創刊された。皇太子の結婚を目前に控え、週刊誌の創刊ラッシュがつづいたころである。以来、50年。その雑誌はいまや年間20億円の赤字媒体とも指摘されている。その記念すべき年にこの雑誌は謝罪広告の掲載を余儀なくされる可能性が高い。
 話は戻るが、矢野絢也とウソは切っても切れない関係にある。そのウソを、自分の立場を守るために使っているのが、同人の特徴でもある。所詮は、「三流」の元政治家というしかない。こういう晩年は過ごしたくないものだ。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也, 講談社
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