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矢野絢也の素顔  1  公明党の“反面教師”

2009年1月28日

 金銭スキャンダルで引責辞任した“唯一”の元公明党委員長・矢野絢也(76)。昨年5月、半世紀以上にわたって在籍した支援団体の教団を脱会した。同時に教団を民事提訴し、反逆の姿勢を露わにした。訴訟内容は(1)言論活動の中止強要(2)手帳等の持ち去り(3)機関紙による誹謗中傷(4)寄付要求といったもので、雑誌にもその内容を盛んに宣伝し、裁判は現在、係争中である。上記の主張はいずれも矢野側の主張であり、認められるかどうかはわからない。
 いまから20年前、四半世紀以上にわたり公明党の代議士をつとめ党のナンバー2と代表職を務めた人間が、自らの蓄財行動をマスコミから告発されて引責辞任した。そんな代表職は公明党の歴史上、かつて存在しなかった。議員引退すると見られたが、もう一期、議席にしがみいた。引退後は静かに過ごすわけでなく、「政治評論家」に転身した。現実政治で敗れ去った男が、今度は評論家に身を“落とした”のである。そんな姿を見た支持者や支援団体が、「信仰人としてあるべき姿に戻れ」と教訓めいた指導を行ったことはきわめて別次元の話であろう。
 まったくもって身から出たサビにすぎない。だが、この種の人間は、自分の過ちを指摘されると逆上することがままある。平静な心を失っているからだ。その意味で、矢野絢也の「議員生活30年」は、そのまま“欲得にからめとられた日々”と言い換えることすらできる。“金銭の奴隷”と化して初心を見失った元政治家は、逆に相手に責任をなすりつけ、攻撃し始めたからだ。自分を素直に見つめることができないゆえの行動であり、その帰結が、冒頭の裁判提訴となったわけである。
 そうして矢野は、自らの動きを政局に反映させようとさえしている。民主党に食い込み、さらには公明党攻撃に利用しようとしているからである。かつて公明党委員長を務めた人間が、現実政治で「墓穴」を掘ったあと、今度は出身政党を攻撃する。草創期の党建設に費やした自身の行動のすべてを、自ら「全否定」する行為にほかならない。まったくの愚か者といってよい。
 矢野は政治家としての「特権」を勘違いし、国民のためにそれを使うのではなく、結果として「蓄財」という自己利益のために用いた。何のために政治家を志すのかという公明党の立党の原点を見失った「議員失格者」の象徴である。さらに一連の行動に見られる姿は、人生の敗残者そのものだ。
 矢野絢也は今後二度と公明党から出してはならない政治家の“典型例”として、歴史に刻まれる。

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