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サイコパスは自分の罪を認めない

2009年1月21日

 カナダの犯罪心理学者ロバート・ヘア博士が開発した20項目で構成されるサイコパス・チェックリストで診断し、高得点をマークするサイコパスには多くの共通項が見受けられる。その一つに、自分の罪を絶対に認めないという行動が挙げられよう。
 昨年末、鬼籍に入った元弁護士の山崎正友は、3億円恐喝事件と5億円恐喝未遂事件を起こした際に「恐喝だって何だっていいんだ。刑務所に入ったっていい」と述べていたにもかかわらず、刑事裁判では一貫して否認を続け、多くの偽証を行い、にせ証人まででっち上げた。偽証を求められて実行に移した人物の証言も存在する。さらに懲役3年の刑を受けて服役し、出所したあとも、「冤罪事件であり、再審請求する」と主張し続け、結局それから15年たっても最後まで実行に移すことはなかった。山崎が刑事裁判の一審判決において、「幾多の虚構の弁解を作出し、虚偽の証拠を提出するなど、まったく反省の態度が見られない」(85年3月26日)と認定されたのは、歴史に残る著名な事実である。
 一方の三浦和義元社長の態度もまったく同様であった。複数件の殺人事件の関与を疑われ、その一部は司法でも明確に認定されたが、最後までのらりくらりと虚言を繰り返し、最後は多くの“支援者”すらも獲得した。サイコパスの言動としてはたいへんに興味深い。同人が善意のジャーナリストを騙すには、「私が生まれたばかりの子どもをもつ母親(=殺害された3人目の妻)を殺すようなことなどありえるはずがないじゃないですか」と涙さながらに語ってみせるだけで十分だった。
 もしも山崎が、「私はやむにやまれずお世話になった教団にご迷惑をかけてしまいました。刑期を終えたこれからは、反省し、まともに生きていきます」などと述べ、それを誠実に実行する人物であったとしたら、これは普通の人間であり、サイコパスとはいえない。
 同様に元社長の場合も、仮に「私は保険金ほしさと、当時の妻に飽き足りず犯行を実行してしまいました。これは私のもって生まれた性分であり、罪深い人間です」などと言って潔く罪を負っていたとしたら、これもサイコパスとはいえない。
 同じように、東村山のサイコパスの場合も、同僚市議の朝木明代が死亡した段階で、「私が朝木さんを精神的に追い詰めてしまい、こんなことになってしまいました。すべての責任は私にあります」などと言う人間であったら、これもサイコパスではない。むしろごく普通の感覚の人間である。ところが矢野穂積のやったことは、何の罪もない教団に責任をなすりつけ、謀殺説をふりまくことでしかなかった。
 以上のように、サイコパスには自分の罪や責任をけっして認めない明確な特徴がある。その目的を達するためには、平気で「虚言」を重ねる点も共通している。

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