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単行本『僕パパ』の責任主体

2009年1月15日

 講談社が2007年に発行した単行本『僕はパパを殺すことを決めた』をめぐって、秘密漏示罪に問われた鑑定医の公判が昨日、奈良地裁で行われ、著者の草薙厚子という女性が出廷し、情報源を秘匿せずに鑑定医であることを証言したことが報じられている。新聞報道に掲載された識者コメントの多くは、「ジャーナリストとしての資質を疑う」といったもので、取材源の秘匿を守らなかった著者を非難する声が多く見られた。ただし、刑事被告人となった鑑定医はすでにその事実を認めている。
 この書籍は、警察調書を鑑定医から入手した著者らが、それらを大量に転載した上で出版したことが問題となり、遺族らはプライバシー侵害を主張していた。一方の著者側は問題となった本のまえがき部分で、少年事件であるために審判が公開されないこと、そのため「取材者がたどり着ける事実には限界がある」ことなどを挙げていた。
 ただ、こうした安易な出版姿勢が権力による介入の事態を招いたことについては、軽率だったと見る関係者が多く、ノンフィクションの大家などにも、供述調書を資料として用い、あくまで地の文に落とし込めば問題は起きなかったとする意見もある。
 今日付の朝日新聞は昨日の公判において草薙氏が、調書を引用する形式にした理由について、「自分で決められるわけではなく、講談社の編集者から提案された」などと証言した内容を紹介。さらに閉廷後の記者会見で、「講談社の編集者からの提案がなければ、調書を引用する本は作らなかった」と述べたことを報じている。
 著者と版元との関係でいえば、どのような優れた著作であろうと、版元がゴーサインを出さない限り、それが世に出ることはない。その意味では、この場合も、著者と版元との責任負担は折半とすべきであろうが、その問題となった編集内容について、版元側が「提案」して実現していたとなれば、その責任負担の比率はむしろ版元である講談社のほうが大きくなるともいえよう。
 いずれにせよ、出版意図はともかく、プライバシー権を無視した安易な著作物との非難は免れない。
 【アサヒコム】 http://www.asahi.com/national/update/0114/OSK200901140109.html

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カテゴリー:コラム
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