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「謀略」を仕掛けた妙観講

2009年1月14日

 日蓮正宗の前法主「阿部日顕」は情けない宗教者だった。若いころに米国シアトルで地元娼婦とスキャンダルな事件を起こし、後年、問題となる。同人はそうした報道を事実無根として名誉棄損で訴えたが、東京地裁は記事内容のすべてに≪真実性≫を認め、訴えを棄却した。その過程で、75歳(当時)の現職管長であった阿部は、東京地裁の法廷に3度も足を運び、傍聴者の面前で尋問にさらされた。阿部日顕一派は、こうした事態が我慢ならなかったのだろう。
 この裁判が提訴されたのは93年12月で、裁判審理が佳境に入ったのは95年秋ごろである。阿部日顕直属の謀略部隊と呼ばれる「妙観講」がとある謀略を仕掛けるために明確に動き出したのは、実はこの時期に当たる。先日他界したペテン師・山崎正友がその中心であった。
 北海道・函館に住む元教団幹部の夫婦を使い、虚偽内容の告発を行わせることで、対立教団に泥を塗ろうと画策した。96年2月のことだ。函館に派遣されたのはいずれも妙観講関係者で、副講頭の佐藤せい子(57)らであった。同行させたのは、ネタとりに貪欲だった週刊新潮のデスクである。
 すべて妙観講員・山崎一派の≪策略≫にほかならなかった。
 妙観講は、阿部日顕が自ら「実際に起こした事件」を喧伝されることを腹に据えかね、その“意趣返し”として、実際には存在しなかった「架空の事件」をでっち上げて対抗したのである。
 信平狂言事件とは結局、それ以上でも、それ以下のものでもない。そもそもが日蓮正宗内の一派、妙観講の悪質な意図がなければ、最初から起こりえないものだったからである。
 結局は、虚偽内容の告発にすぎなかったので、その後、狂言夫婦らが起こした損害賠償請求事件は、「訴権の濫用」という極めて珍しい司法認定のもとに、訴えを≪却下≫された。単なる「棄却」でなかったところに、裁判所の明確な意志があらわれている。
 “虚偽告発”で「謀略」を仕掛けた妙観講——。その卑劣な体質はいまも変わっていない。

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カテゴリー:コラム, 妙観講
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