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希代のペテン師「山崎正友」が死去

2008年12月30日

 顧問先を恐喝して懲役3年の刑を受けた元弁護士「山崎正友」が29日夕方、神奈川県の自宅で倒れ、死去した。享年72。
 山崎は横浜地裁小田原支部などに10数件もの名誉棄損裁判を起こし、係争中だった。最近は体調が思わしくないのか、妻の運転する車で送り迎えしてもらっていた。最後に法廷に出廷したのは12月17日に横浜地裁で行われた書籍「法主詐称」を訴えた裁判で、顔色は悪いながらも、いつもどおりの様子で、1月中には主張をすべて終えたいと裁判の進行について語っていた。25日には本人は裁判所に姿を見せなかったものの、北林芳典氏に訴えられていた裁判で東京高裁で敗訴していた。
 今年7月6日、“盟友”の原島嵩も東京・立川市の病院で死去。2008年は原島・山崎が相次いで死去した年として刻印されることになった。
 一連の裁判は、家族が承継しない限り、取り下げられる見込み。葬儀は来年初頭に行われる模様。

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カテゴリー:コラム, 山崎正友
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