ホーム > コラム, 矢野絢也 > 謗法(ほうぼう)払い

謗法(ほうぼう)払い

2008年12月27日

 創価学会という教団では普通に使われてきた言葉の一つだが、改宗する際に、元の宗教の本尊などを処分することを指す。新しく入会する人がいるとすると、その人は新しい本尊を安置するかわりに、元の対象物を併存することはしない。要するに、必要のなくなったものを自分の意志で処分する意味の仏教用語ととらえれば間違いない。
 矢野絢也はこの言葉を、国会手帳を3人のOB議員に引き渡す際、自ら言葉にして発している。その音声は物的証拠であるICレコーダーに明確に残されていたが、矢野は当初、音声記録が残っているかどうかわからない段階では、そうした言葉を一切口にしていないと大見得をきっていた。
 その言葉を発した同じ日、矢野は手帳を委託するにあたっての「念書」(法的効果をもつ文書)を自ら進んで作成し、OB議員らとの間で約束をかわした。第一項には、「今後、この資料を利用しないことを責任を持って約束する」と明文化されていたが、これらは3人が頼んだわけではなく、矢野が自ら作成した条項である。
 その際、矢野は「証人」役として、女房をそばに呼び、「謗法払い」という言葉をつかって、手帳を3人に預けることを宣言した。さらに「私も男ですから、約束した以上はそうします」と念書の実行を確約している。この言葉もICレコーダーに厳然と保存されていた。
 要するにこの時点で、矢野は自ら、手帳は≪不要なもの≫との認識を抱いていたことを示している。「謗法払い」はまさにその証明となる言葉にほかならなかった。矢野は自分の言動に自信がもてなかったのだろうと思われる。
 同人はさらに、「この10年ほんとうに申し訳なかった」と3人に陳謝の言葉を繰り返した。議員引退した93年から数えて12年後の出来事である。同僚議員とも関係を断ち、気ままな政治評論家として暮らしていた矢野は、公明党議員としての「原点」をとうの昔に見失っていた。そうした自らの無節操な行動に対し、自責の念が起きたからこそ出てきた言葉と思われた。
 矢野はさらにこうも語っていた。
 「きっかけがないもんでね、わしは、あなた方のおかげで救われた」
 これが事実の真相である。
 その矢野はいま、3人に手帳を“強奪”されたなどといったデマを垂れ流し、自らの書籍などで自己正当化に躍起になっている。だが、活字は永久に残るものだ。同人がいかに≪ウソつき≫であったかは、歴史に明確に刻印される。政治家としてという以前に、人間として誤っているというほかない。

広告
カテゴリー:コラム, 矢野絢也
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。