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講談社の罪責

2008年12月24日

 10数年前、シアトル事件というものが話題になった。告発当時に日蓮正宗の法主であった阿部日顕が若いころ、米国シアトルを出張御授戒で訪問した際、夜間、ホテルを抜け出し、地元売春婦とトラブルになったという「疑惑」で、警察にとどめおかれていた阿部を迎えに行った宏枝クロウという女性が告発者となっていた。阿部側は権威失墜させられたと思ったのか、93年12月に名誉棄損で機関紙で報じた創価学会側を提訴。2000年3月に出た一審判決では、記事の摘示事実の「真実性」を認め、日蓮正宗側の請求を棄却した。つまり、上記の事実はすべて「真実」と裁判所は認定したのである。
 その間、阿部は3回にわたって東京地裁に出廷させられた。最初に証人として出たのは、告発者の宏枝クロウで、95年10月2日と10月9日の尋問を受けるために来日。さらに翌96年2月7日にも尋問を受けた。このときの証言について、東京地裁は「その内容は迫真性に富んでおり、実際に経験した者でなければ語ることのできないもの」「供述内容は終始一貫しており、特段の矛盾や変遷等はない」と認定している。
 つまり、宏枝クロウが出廷した95年秋から96年にかけて、日蓮正宗はがけっぷちに立たされていた。なぜなら宗門のトップが、かつて米国で行われた重要行事の出張で、夜間、ひそかに売春婦を買い、警察沙汰を引き起こしていたことが公開の場である法廷で真実のものとして露見しそうになっていたからである。焦った日蓮正宗において、阿部を守るためにもっとも先鋭的に動いたのが、阿部直属の謀略集団とされる妙観講であった。
 妙観講の幹部らは函館に住む狂言女性を使い96年2月、捏造スキャンダル事件のでっち上げに関わったのである。その捏造事件にメディア側の立場で“加担”したのが、当時、学会攻撃に熱心だった「週刊新潮」で、デスクの門脇護が取材を担当した。その後、この事件は≪世紀の捏造事件≫として司法でも明確に断罪される結果となったが、要するに、日蓮正宗の信徒らは、阿部のスキャンダル事件(これは実際にあった事件)が世に広がるのを恐れたためか、対立教団に捏造スキャンダル事件(これは架空の事件)をなすりつけたというのが事の真相だった。
 これらは門脇護が「捏造記者」であることを当サイトでさんざん指摘されてきた最大の「理由」だが、その門脇はこの捏造問題が尾を引いたのか、「週刊新潮」の編集長に就任するチャンスを失い、今年3月、厚生年金受給資格を得ると、早々と退社し、スポーツ・ライター(門田隆将)に転身した。
 同人が手を染めたことは、たとえば草薙厚子という女性ジャーナリストがやったことよりはるかに重い罪である。草薙女史は検察側の捜査資料を大量に用いて本を執筆したことが問題とされたが、それでも検察側という一方の主張という意味では「事実の断面」ではある。だが、“架空の刑事事件”を捏造して相手を攻撃するなどといった行為は、はるかに次元の異なる話だ。
 このような「前科」をもつ記者であっても、出版社にとっては売れさえすれば関係がないようで、今日付の読売新聞にはこの記者の著作の大きな広告が目についた。ここでも売り出しているのは、「講談社」である。草薙女史よりはるかに重い「前歴」をもつ記者を使う理由は、単に時流に乗っているからとしか思えない。売れればいいという風潮、まさに ≪拝金主義≫を象徴するかのような出来事だ。

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カテゴリー:コラム, 講談社
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