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「竹入」と対照的にますます“敗訴を重ねそうな「矢野絢也」

2008年12月6日

 昨年末の12月21日、矢野絢也は講談社(週刊現代)とともに名誉棄損で訴えられていた裁判で自らの「偽証」が原因で“完全敗訴”した。講談社と合わせて賠償金660万円と謝罪広告の掲載を命じられた。双方が控訴して東京高裁で審理が続いていたが、この12月に結審する見込みだ。こちらも矢野の2審での敗訴は確実視されている。「偽証」の顛末はかくも厳しい。
 矢野はこれ以外にも幾つかの裁判を抱えている。今年5月に自ら教団とその関係者を訴えた裁判のほかに、「週刊新潮」の記事で反訴された裁判。さらにそのほかにも複数の裁判を抱えているようだ。うちひとつは、「財界にっぽん」という雑誌でかつての金銭不正疑惑を追及され、矢野絢也が名誉棄損で訴えた裁判である。来年早々に証人調べに入り、矢野本人も再び出廷する運びのようである。矢野が再びどのような「偽証」を繰り返すのか、いまから楽しみである。
 自ら訴えておいて記事の真実性が逆に明るみになり、「墓穴」を掘るという姿は、あの日蓮正宗のスキャンダル法主がシアトル問題で名誉棄損裁判を起こし、「真実性」を認定されたのと同じである。この裁判で一宗のトップが裁判所に3回も出廷し、シアトルで売春婦を買ったかどうかといった下世話な質問攻勢を浴びた末、売春婦とトラブルを起こした「事実」が一審で認定されてしまったからである。
 結論的には、「矢野絢也」は今後もますます“敗訴”を重ねそうだ。この男の嘘のつき方は、あのサイコパス的人物で“資格を失った元弁護士”の山崎正友などとも非常に似通っていて、罪悪感がまったく感じられない。(かといって、矢野絢也をサイコパスと指摘しているわけではない)
 ミイラとりがミイラになった“人生の敗残者”の晩年には、ふさわしい姿なのだろう。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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