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矢野絢也の「悪相」

2008年11月24日

 元公明党委員長の矢野絢也が「WiLL」や「SAPIO」といった雑誌に顔写真つきで登場していた。2年前、同人が東京地裁に出廷した際に目にした表情とはまるで違っている。一気に「悪相」に変じたという印象である。
 矢野絢也といっても、いまの若い人はだれもその名を知らない。10代20代はいうに及ばず、30代はじめでも、知らない人が多い。矢野が議員引退した93年はいまから15年前のことであり、同人が委員長時代に不祥事を起こしたのもすでに20年前のことなので、そのころ生まれたか幼少期にあたる年代が知らないのも無理はない。その意味では、矢野絢也はすでに≪過去の遺物≫にすぎない。
 それでも同人には公明党草創期からの「功労者」との“奇妙な自負”があるらしく、そのことを公言したりもしている。だが、同人の半生を知っている世代からすれば、この男ほど党員・支持者に迷惑をかけ続けた公明党委員長はほかに存在しない。自らの金銭不祥事、さらにはそのことへの謝罪も反省も、党員・支持者に対していまに至るまでなされていない。上記のような青年たちにこの男のことを説明するとき、小生はミイラ取りがミイラになった男と端的に解説する。金銭腐敗の国会に政界浄化のために乗り込んだ男が、結局、金まみれになってみじめな姿で帰ってきた、といった意味である。さらにその情けない「現実」を隠すために、反逆し、自己正当化を繰り返しているにすぎないと。
 同人が最近出した文庫版の著書に、「国会手帳にメモしていたことのほとんどはこの本に書いている」旨のことが記されていた。その問題となっている国会手帳を、矢野は自ら念書(法的拘束力をもつ文書)を作成して、自身の言動に自信がもてないからとかつての議員仲間に自発的に託していた。その後矢野は「手帳を強奪された」などと≪虚偽≫を構えて裁判を起こしたが、すでに自著にほとんど書いていたのなら、いまさら虚偽を重ねて返してもらう必要もないのではないかと素朴な疑問もわく。
 私の知る大手マスコミの記者たちも、「どの組織・団体にも自己都合で“反逆”する人間は存在する。自分の立場によって、手の平を変えるように言うことが変わる人間はまったく信用できない」と見抜いている。嘘に嘘を重ねてまで悪態をつく晩年は、哀れだ。それが端的に顔に出ているのが、矢野絢也のいまの姿といってよい。

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