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祈りの時間

2008年11月23日

 創価学会員とそれ以外の人々の主な違いは、一つには朝晩に祈りの時間が確保されているかどうかということであろう。もちろん、そんな行(ぎょう)すら行わない「ペーパー学会員」も存在するかもしれない。小生はわりかし長時間祈るほうだ。その意味では婦人部タイプの祈りといわれることがある(部外者には意味不明で申し訳ありません)。祈りについて、婦人は「量」、壮年・男子は「質」(=時間は短いが集中力で勝負するといった程度の意味)などと解説する人もいる。たとえば1日3時間もそうした時間に費やすことは、信仰をもたない人から見ればとうてい「無駄な時間」にしか見えないにちがいない。一年ベースで換算すれば、丸45日間もそうした行動に時間を費やしている計算になる。それでも当人にとっては、それこそがかけがえのない“活力の源泉”であったり、不可欠の時間であったりする。だからこればかりは、「実践」を抜きに等身大での理解は難しいといえるかもしれない。そんな生活を続けて数年が経過した。サイコパスとか悪鬼・魔民と呼ぶのがふさわしい人々と関わっていると、それなりの内的エネルギーを消耗してしまうということではないかと勝手に解釈している。
 たまにはそんなことも書いてみろという人がいたので記してみた。

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カテゴリー:コラム
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