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サイコパスの「病的な嘘」

2008年11月15日

 サイコパスのウソは思いつきのウソであることが多い。そのため後で「真相」がばれることがちょくちょくある。以下はその典型事例といってよい。
 1984(昭和59)年1月19日(木曜日)、「疑惑の銃弾」とのタイトルをつけた「週刊文春」が発売された。そこには3人目の妻の保険金殺人疑惑に加え、その直前まで同棲していた日本人女性の失踪疑惑が詳しく報じられていた。“疑惑の人”となった青年実業家は21日、慰謝料3000万円などを求めて発行元の文藝春秋社を提訴し、さらに名誉毀損罪で刑事告訴した。民事提訴のニュースが当時の東京新聞(1月21日付夕刊)に大きく出ている。そこに青年実業家との一問一答も掲載されているが、一部抜粋すると以下のようなやりとりだった。
 ――行方不明になっている千鶴子さんの消息は知らないのか。
 三浦 彼女は一美の葬儀に参列している。ウチの元社員二人が堂々と証言できる。
 ――その社員の名前は。
 三浦 今は言えない。
 さらに一週間後の28日付の東京新聞にも、同人への取材記事が大きく掲載された。そこで青年実業家はこう語っていた。「千鶴子さんは生きています。どこにいるかも私は知っています」「千鶴子との約束でその居場所はいえません。いずれ地検の調べで、それは明らかになるでしょう。その事情を書いた上申書を東京地検に出しています」
 上記のやりとりはその後、この事件の≪本質≫を端的に示す結果となった。青年実業家はこれらの記事が出た84年1月の時点で、失踪していた女性(=白石千鶴子さん)について、「一美の葬儀に参列している」「千鶴子がどこにいるか私は知っている」などと大ウソを繰り返していたからだ。
 なぜなら、3人目の妻であった一美さんが銃撃後1年ほどたって死亡したのは、82(昭和57)年11月30日。その葬儀は当然その後に行われたことになるが、一方で当時、失踪中で行方不明となっていた白石千鶴子さんは79(昭和54)年3月29日に日本を出国し、同年5月4日にロスで白骨死体として見つかっていたことがその後の調べで判明したからである。
 その遺体は野犬に食い荒らされ、男女の区別もつかないほどに損傷の激しい「身元不明」の白骨死体であり、地元の少年が飼い犬の散歩中に発見したものだった。遺体は焼却されたが、残された歯形の鑑定から、千鶴子さんのそれと一致。同一性が確認されたという経緯があった。ロス市警がそのための記者会見を開いたのが、84年3月28日。「疑惑の銃弾」の発売から2ヵ月後のことだった。
 つまり、青年実業家の3人目の妻が死去したとき、白石さんはとっくの昔にこの世から消えていたわけである。そうした女性の所在について、三浦は「葬式に来た」「どこにいるかも知っている」などと大法螺を吹き、自らの「疑惑」否定に躍起になっていたことになる。同人のウソは実はこれにとどまらない。
 すでに亡くなっていた千鶴子さんからキャッシュカードと暗証番号が郵送されてきたとウソの釈明を行い、自ら数百万円の金を引き出したことの弁明に使っていた。上記の経緯は何を意味するのか。
 青年実業家にとって、白石千鶴子さんの遺体が見つかることはありえないと高を括っていたことの何よりの証明であり、たとえ見つかったとしても、遺体は「身元不明」のまま、事件発覚はないと考えていたことを示唆している。裏を返せば、彼女がどのように「始末」され、どのような状況に置かれていたのかを知りえる立場にあったと考えてよい。
 サイコパスは自分の罪を隠すために、こうしたウソを平気で口にすることができる。
 “資格を失った元弁護士”山崎正友なども全く同様のウソを繰り返してきた。自らの刑事裁判では約50箇所もの偽証を認定され、さらに現在も民事裁判の法廷において、自らの手形詐欺などの犯罪疑惑を否定するため、偽証に偽証を重ね、その結果、必然的に主張が「迷走」する結果となっている。
 サイコパス・チェックリストには「病的に嘘をついて人をだますこと」の項目があるが、この点は文句なく、2人とも最高点の「2点」を獲得するものと思われる。

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