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サイコパスは「自分の印象」さえも操作する

2008年11月11日

 “資格を失った元弁護士”山崎正友は1991年、懲役3年(恐喝罪)の実刑判決が最高裁で確定し、服役した。そうして93年4月、刑期を半年ほど残して仮出所したが、当初から再審請求すると公言してはばからなかった。以来、15年以上が経過したが、同人が再審請求する気配は見られない。おそらく死ぬまでそうすることはないであろう。なぜなら元弁護士として、その大変さ、実現可能性のなさを知悉しているため、「ポーズ」としてその主張を続けるしか道がないからである。
 サイコパスは、「自分の行動に対する責任を受け入れることができない」顕著な特徴をもつせいか、自ら罪を認めることはほとんどない。最後まで責任を否定し、逃れられないとわかった段階でようやくしぶしぶ認めるといった具合である。
 「ロス疑惑」の三浦和義は98年9月、懲役6年(殺人未遂罪)の実刑判決が最高裁で確定した。俗にいう「殴打事件」の判決だが、「銃撃事件」で逆転無罪を勝ち取ったあと、いずれこの事件の再審請求を行う意向をもっていたようだ。だが、判決文を読む限り、この確定判決がひっくり返る見込みはほとんどなかった。なぜなら多種類の分野の人々の供述が核心部分で一致しており、これらをひっくり返すには、そのすべての人々が「集団偽証」したことを立証する必要が生じるからだ。これは事実上、不可能な話だった。真実を虚偽で覆すことなど、最初からできない話だからだ。
 上記は、サイコパスが、自分の正当性を世間にアピールするためにさまざまなウソを活用する実例にすぎない。サイコパスは自分の印象が損なわれないように、あらゆる手段を効果的に用いる。
 三浦和義は約500件にものぼる名誉棄損訴訟を自ら起こし、弁護士もつけずに多くの裁判で勝訴したことで知られる。実際、1984年1月から始まった「週刊文春」報道に付随して、裏づけをとらないいい加減な報道が百出したため、ほとんどのメディアが敗訴を重ねている。確かにやりすぎだったことは間違いない。だが、銃撃事件による妻殺害の疑惑や、その後ロスで白骨死体で見つかることになった同棲女性の失踪の疑惑について最初に詳しく報じた≪大元≫となった「週刊文春」の「疑惑の銃弾」キャンペーンは、同人による名誉棄損裁判では実は敗訴していない。≪虚偽事実の記載≫による名誉棄損は一切認められていないのである。一方で、同人の前歴報道のみが、プライバシー侵害にあたるという理由で賠償が命じられているにすぎない。これらの事実は何を意味するのか。
 結局、「週刊文春」が放った「疑惑の銃弾」キャンペーンは、その主要部分にウソはなく、真実の報道あるいはそう信じて疑いのないまともな取材にもとづく調査報道であったことを、司法が認定したことを意味する。小生は決して文藝春秋社の回し者ではないが、その点は確信をもってそう言える。
 ただ一点問題とされたのは、同人が10代で犯した数々の犯罪歴に関する公表だったが、この判断には私は疑問を覚える。「非行」のレベルをはるかに超えた犯罪歴を公表しないことは、逆に無辜の被害者を増やすことにつながりかねない。仮に、連続レイプ犯の前歴を知らせることなく、若い女性の間に放つことは社会防衛上の観点から見て、適切な行為といえるであろうか。
 それはさておき、「文春」報道に付随して“悪乗り”した「他のメディア」は敗訴を重ね、同人に対して「手ごわい相手」という印象を根付かせることになった。その結果、同人に関する報道は≪萎縮効果≫を生んだようである。最終的に得をしたのは本人だ。多額の賠償金を手にしただけでなく、メディアに勝利し、正義が証明されたとの≪印象≫を広く世間に与える結果となった。
 実際は「殺人(未遂)犯」でありながら、銃撃事件の無罪判決の印象が強いせいか、さも「真っ白の無罪」であったかのように世に錯覚されることにつながった。

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