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サイコパスの嘘のつき方

2008年11月10日

 先月、ロサンゼルスで自殺したとされる三浦和義はこの世で数え切れないほどの犯罪を繰り返し、数え切れないほどの「ウソ」をついてきた。小生は“資格を失った元弁護士”山崎正友のウソつきぶりにサイコパス的人間の虚言癖を見てきたが、三浦の人生はそれに劣らない。彼は日本における「典型的なサイコパス」と断じて構わない。
 端的な事例は、殴打事件における供述の変遷だ。三浦は自叙伝『不透明な時』(1984年)でも、元妻を襲った女性が「中国系の女性」と書いていたが、真っ赤なうそだった。その年、三浦に保険金殺人を持ちかけられて実行したと「自白」する日本人女性が現われ、真相が明らかになったからである。三浦は10代でさまざまな犯罪に手を染め、その過程で日本の警察の優秀さを身に染みて知っていたため、妻殺害計画を敢えてロスで実行したことが判決でも認定されている。
 三浦がようやくこの女性が実行者であることを認めたのは、殴打事件が立件され、法廷でもはやウソが通じなくなった段階であった。実行犯が自らと男女関係にあった女性であったことを認め、さらにマリファナを買ってやるためにロスに呼んだなどと「さらなるウソ」を重ねた。それまで三浦はその女性にロスで会ったことさえ、ずっと否定していたにもかかわらずである。
 こうしたマリファナなどのウソについて、判決はそのすべてを“一蹴”した。サイコパスの「言い逃れ」はいつもこんな具合で、山崎正友も同じような形の「言い逃れ」を、いまも法廷内で延々と続けている。
 殴打事件を実行した日本人女性の自白内容は、良心の呵責に耐え切れなくなったその女性が事件当夜の段階でホテルの男性従業員に自ら「犯行」を詳細に自白していたこと、さらに日本に帰国後にその男性に女性が出した手紙の真摯な内容、さらにハンマーで頭を殴られて怪我をした元妻が日本に帰国してから実妹や両親に話していた内容と大筋で一致することからも明確に裏付けられた。
 殴打事件は、このように共犯者が素直に名乗り出たことで、サイコパスの犯罪を明るみにすることができた稀有な事例といえる。結局、首謀者である三浦本人は懲役6年、実行犯として使われた女性は懲役2年6カ月の実刑判決を受けた。
 一方で、殴打事件から3カ月後に起きた「銃撃事件」のほうはそうはいかなかった。警察・検察側が共犯者(=銃撃犯人)として見立てて逮捕した男性(三浦の会社の元ロス駐在員)は、証拠不十分で一審段階から無罪となり、二審では共犯者の立証がなされていない以上、三浦も無罪とせざるをえないということで「無罪放免」となった。状況証拠は99%クロであっても、核心部分の立証がない以上、無罪とせざるをえないとの趣旨の判決だった。
 個人的な感想だが、これは一人のサイコパスが日米捜査陣に“勝利”した姿にほかならなかった。捜査側にとっては、共犯者を見つけられなかったことが最大の敗因だったことは明白だ。その後、三浦は「冤罪事件のヒーロー」に祭り上げられて盛んに活動を広げたが、同人が「殺人(未遂)犯」であった事実には何の変化もない。

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カテゴリー:コラム, サイコパス
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