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「ロス疑惑」の判決を読む

2008年11月6日

 個人的なことになるが、小生が大学生のころの話である。世の中で「ロス疑惑」というものが大きく取り上げられた。青年実業家が夫人に多額の保険金をかけ、ロスを旅行中に何者かに夫人の頭部を銃撃させたという疑惑の事件である。実業家はほとんど乱交的な性関係を隠さない行動で知られていたので、「女」「カネ」「事件」という人間の関心の主なもののほとんどを兼ね備えた事件であったせいか、84年1月から始まった「疑惑の銃弾」という連載キャンペーンで火をつけた「週刊文春」に加え、多くのメディアが興味本位に“追従”して、拡大再生産した。
 銃撃事件は81年11月18日にロサンゼルスで起きていた。その後、銃撃された夫人は植物状態となり、翌年11月30日に日本の病院で死亡した。その間も青年実業家は「数多くの女性と肉体関係を持ち、日々背信を重ねていたことが認められる」と判決で認定されている。
 実はこの3カ月ほど前にも、「殴打事件」と呼ばれる夫人殺害計画が実行されていた。場所は同じロサンゼルス。夫人とともにロスに行った実業家は、男女関係にあった知り合いの女優に「保険金殺人をやろう。保険金の半分は君にあげる。日本に帰ったら、結婚しよう」などと甘言で誑かし、ホテル客室内に一人でいた夫人を襲わせた。
 この事件(=殴打事件)は「銃撃事件」とは別に立件され、実行犯の女優とともに、青年実業家も懲役6年の実刑判決を受けている。罪名は殺人未遂罪である。
 その証拠の中心は、元女優による証言だったが、この証言を裏付ける客観的な証拠が複数存在した。平凡な女性の一人にすぎない元女優は、殺人依頼という異常な仕事の話を聞かされ、米国に発つ前に友人に対し、「ロスで大きな仕事をする。危ない仕事でもう日本には帰ってこれなくなるかもしれない。そのときは警察にこれを届けて」と、青年実業家の会社の電話番号を書いた紙片を渡していた。
 さらに元女優が「殺害行為」に失敗し、「未遂」に終わった直後、いたたまれなくなったのか、ホテルの関係者に一部始終を語ったという経過があったが、帰国直後に元女優がこの関係者に送った手紙も重要な「物証」になった。加えて、元女優が実業家の妻を殴ったときのハンマーと、その際にできた頭部の傷が医学的に矛盾しないことなども、それらの証言を裏付ける事実と裁判所は判断した。
 この裁判で、青年実業家は嘘八百の主張を重ねたため、裁判所は「被告人の弁解は不自然で到底信用することができない」と一蹴し、反省がまったく窺えなかったことなどから、懲役6年の実刑判決を下し、同人は≪殺人未遂犯≫として服役した。
 ただ、殴打事件から3カ月後に起きた「銃撃事件」については、一審では無期懲役を言い渡されたものの、二審では一転、証拠不十分で無罪判決を受け、2003年にそのまま確定した。検察の見立てとなった日本人実行犯が一審段階から無罪となり、銃撃犯人を“特定”しきれなかったことが大きい。
 見逃せないことは、このときの無罪判決においてさえ、先の「殴打事件」については「関係証拠を注意深く検討したが、その結果によっても、右の事実は明らかであり、ほとんど疑う余地がない」と結論づけていることだ。つまり、3カ月前の保険金殺人(未遂)についてはここでも明確に「真実」と認定した。
 結局は銃撃事件では無罪判決を得たものの、それは極めて「クロ」に近い無罪であって、真っ白と認定されたわけではなかった。そのことは一連の判決文に目を通せば、だれの目にも明らかである。
 刑事判決の認定によれば、青年実業家の人物像は、妻を殺害して保険金を得ようと策謀し、それを実際に行動に移した人物であった、ということに尽きる。普通に考えて到底、まともな人格ではない。
 そんな人格であっても、自らの行為をごまかし、多くの支援者を獲得することができたのは、当人にそれなりの魅力が備わっていたからにほかならない。犯罪心理学の世界では「表面的な魅力」と説明されるが、実はそれこそが、サイコパス(=良心の呵責をもたない異常人格者)の特性そのものの姿なのである。サイコパスは人の弱みを見抜く能力にすぐれ、そうした特技を使って他人を背後から操作する驚くべき才能を発揮する。普通の人間にすぎない元女優を使って、そのような大胆な犯行に及ぶことができたのも、まさにそうした能力の賜物といってよい。加えて、自ら罪を認めることもほとんどない。
 サイコパスにとって、善意の第三者をだますことなど“朝飯前”の行動である。いまも青年実業家が「非犯罪者」であるかのように信じ込んでいる者たちがこの国に見受けられるのはそのためである。

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カテゴリー:コラム, サイコパス
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