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「矢野絢也」は“公明党の功労者”とは言えない

2008年10月27日

 10月15日、参議院予算委員会。民主党内にマルチ商法汚染議員を増やし、その後、前田雄吉を不出馬に追いやった「大元」の副代表・石井一が質問に立った。石井は公明党元委員長の矢野絢也を“公明党の功労者”などと持ち上げていたが、はたして客観的にそう言えるのだろうか。
 矢野が約20年にわたり、同党の書記長をつとめ、その後、党委員長をつとめた重要人物の一人であることは論を待たない。だが、同党はもともと政界浄化を旗印に国会に飛び込んでいったものの、結局は、矢野はミイラ取りがミイラになった政治家にすぎなかった。同人が党委員長を務めた時期には、党内で多くの不祥事が頻発し、初めて国会議員の逮捕者も出した。さらに党委員長であった矢野自身も、金銭スキャンダルでマスコミに叩かれ、いつ「刑事事件」に発展してもおかしくない状況にあった。
 通例、人間の行動をどこで評価するかといえば、当初の志の高さがいかにすぐれていたとしても、途中で“堕落”し、「初心」を失えば、高く評価されることはありえない。結局は、当初の信念を首尾一貫、貫きとおせたかが問われる話だ。
 同人はその意味では、「功労者」というより、最終的には党に対し、あるいは支持者に対して≪多大な迷惑≫を与えてきた存在にほかならない。
 議員辞職後は、お手軽な「政治評論家」に“転身”していったが、政党のトップを経験した人間が、このような傍観的立場に自ら甘んじたケースは日本でもほとんど見られない。欧米などの諸外国ではなおさらそうであろう。要するに身の処し方ひとつとってみても、自分のことしか考えていない人間であることが一目瞭然といってよい。
 その矢野絢也は、民主党など野党と手を結び、「謀略」に手を染めている。“公明党の功労者”どころか、いまでは同党の「敵対者」にすぎない存在だ。いかに正論めいたことを述べようと、ほんとうに党組織を変えたいのなら、内部からしか変えられなかったはずだ。
 マスコミに雑文を垂れ流す同人の顔写真を目にするたびに、その醜く歪んだ表情には驚くばかりだ。
 このような悪しきミイラを乗り越えて、公明党には「新しい気風」を築いていただきたいものである。

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