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「万引き」と題する社説を掲載した「毎日新聞」

2008年10月20日

 今日付の毎日新聞が「万引き 微罪で片付けられなくなった」とのタイトルの珍しい社説を掲載している。それによると、少年型犯罪といわれてきた万引き行為が10年ほど前から成人型犯罪へと変質してきたという。さらに経済状況の悪化などにより、生活必需品を盗む困窮型の万引きが特に高齢者などに増えているという。この社説は、「万引きは万罪のもと」と厳しく戒めているが、この文章を目にして、本サイトでお馴染みの人物たちのことを思い出した。
 東京・東村山市議だった朝木明代という女性が95年6月、とある洋服販売店で品物の代金を支払わず、平然と持ち去ったとき、店主が追いかけて問いつめたところ、1900円のTシャツが地面にパシャリと音をたてて落ちた。そのまま朝木はすたすたと向こうのほうに歩いていったという。悪びれるところのまったく見られないこれらの行動は、朝木の万引き行為が「初犯」ではなかったことをうかがわせる。その後も議会場で「商品を取り返しておいて何よ」と口にしたことなどからも、万引き行為に対する≪良心の呵責≫といったものは微塵も感じ取れない。だからこそ、悪知恵をつけたと思われる同僚市議とともに、子供じみた虚偽のアリバイ工作を平然と行い、警察の調書に「偽装工作」が残される結果となったのであろう。そのとき朝木が「今日の調書はなかったことにしてください」と懇願したという言葉は、≪嘘の上塗り≫がもたらした必然的な結末だったともいえよう。最初に店主の前で、素直に「ごめんなさい」と謝って金を払っていれば、こんな事態は招かずに済んだはずだった。
 一方の三浦和義という人は、銃撃事件で無罪判決を得て(殴打事件では殺人未遂罪で有罪)シャバに出たあとも、万引き行為を繰り返した。すでに10代のころから、窃盗をはじめとするあらゆる犯罪を経験してきた同人にとって、それは「長年の拘禁の影響」でも「睡眠薬のせい」でもなかったはずだ。要するに、この人物の人格は、10代のころから一貫して変わっていないというだけのことにすぎない。それでいて、近年の万引き行為でも、のらりくらりと≪嘘の上塗り≫を重ねた姿は見苦しいものだった。こうした≪嘘に嘘を重ねる傾向≫は、殴打事件や銃撃事件だけでなく、さまざまな局面で見られた姿にすぎなかった。要するに、人格に「良心の呵責」が宿っていない証拠である。
 少なくとも「万引き」という行為に限っていえば、2人に良心の呵責といったものは一切見られなかった。事後の行動をたどっても、そのことは顕著な事実である。彼らは困窮したから万引きを働いたわけではない。動機・原因はまったく別のものだ。はっきりいえるのは、「良心の呵責」を欠いていたからこそ、起こした行動にすぎないという事実であろう。あるいは「クセ」と言い換えていいかもしれない。
 良心の呵責の欠如だけでなく、自分を守るために嘘に嘘を重ねた共通の傾向、そうした人生の積み重ねの結果が「自殺」という行為であったことは、私には不思議な一致に思えてならない。
 【毎日jp】 http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20081020ddm005070006000c.html

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カテゴリー:コラム, サイコパス
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