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東村山ブログの紹介

2008年9月9日

 創価学会員にとっても、東村山市議転落死事件のデマは、すでに終わった問題に違いない。民事上の裁判では多くのデマが“一蹴”され、捜査上も決着のついている問題ととらえられているからだ。だが、この13年前のデマがいまだに取りざたされるのは、このデマ事件を支えた張本人が、いまも「東村山市議会議員」という現職公人の立場にあり、いまもって、そうしたデマを吹き続けているからにほかならない。その人物の名を「矢野穂積」といい、その子分というか、矢野に“操作”される対象として「朝木直子」という同一会派の議員がいる。
 さらにこうした勢力を持ち上げるジャーナリストがいまもって存在する。その筆頭は「乙骨某」という人物であり、さらにその仲間の「段勲」である。これらに加え最近は、「せと弘幸」という名の右翼関係者が新たに“飛び入り参加”している。あくまで重要なのは事実識別能力である。この人物は「ジャーナリスト」を称しているものの、読む限り、そのレベルは「乙骨某」とほとんど変わりがない。要するに、「事実」が何であるかを認識・判断する基礎的能力を欠いているとしか思えない人間である。
 むろん13年前の事件発生当時であれば、女性市議の転落死について、さまざまな疑惑が出たのもやむおえない事情もあったかもしれない。あるジャーナリストが、教団が殺したに違いないとの「予断」をもって取材を始めたとしても、それは個人の自由であり、なんら咎(とが)められることではあるまい。重要なのはそうした「予断」であっても、取材で知りえた「事実」に基づき、「予断」は“修正”されなければならないという≪大原則≫である。
 95年の事件当時、私はこの問題の取材に関わっていない。だがそれから数年たって、「現場」を訪れた。女性市議が転落した5階のいちばん近い部屋に居合わせたという住民は、「争う音や声はまったく聞かなかった」と証言。さらに、女性が手すりにぶらさがった痕跡の残っていた箇所を示してくれた。女性は、建物にそってほぼ真下に落下した。突き落とされれば、放物線を描いて落下するため、真下に落ちないことは常識的事柄である。さらに転落した女性は、意識の残っている段階で問いかけられた際、「突き落とされた」「狙われた」といった事件性をうかがわせる言葉は一切発していない。
 これらの≪重要な事実≫をもとに、「自殺の可能性が高い」と警察が判断したのは、むしろ当然の流れだったと感じられる。要するに、ためらい自殺だ。
 女性市議がなぜ自殺するような心境に陥ったかも、当時の経緯を調べてみれば明白に浮かび上がってくる。それらの詳細な事実は、『民主主義汚染』(宇留嶋瑞郎著、1998年)という書物に綿密にレポートされている。関心のある人は古本ネットなどで購入して一読することをお勧めする。
 併せて、乙骨某著『怪死』を読むと、たとえ取材で知り得た事実であっても、自説に都合のいいように結論を誘導する手口(ジャーナリストはこんなことをしてはいけない)を知る意味では参考になる。
 いま、その東村山デマ事件の主役であり、“煽動者”ともいえる「矢野穂積」、さらにそれに同調する勢力と闘う人びとがいる。面識はないが、「事実とは何か」ということを大切にしている人たちだ。

 【C.I.L(Charismatic Itabashi Lover)】 http://ameblo.jp/oharan/
 【松沢呉一の黒子の部屋】 http://www.pot.co.jp/magazine/matsukuro/
 【3羽の雀の日記】 http://d.hatena.ne.jp/three_sparrows/

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